西蔵寺について

西蔵寺山号
山号額 時宗一向派本山 蓮華寺五十世 同阿上人筆

西蔵寺の歴史

西蔵寺は山号を延命山といい、神奈川県藤沢市にある遊行寺(清浄光寺)を本山とする時宗のお寺です。

元は一向上人を開祖とする時宗一向派(一向宗)のお寺で、当初は高関の東端にあった地蔵堂を仮の本堂として、1337(延元2年)に大本山蓮華寺(滋賀県)の末寺である中本山仏向寺(天童市)第7世専阿上人超道大和尚が開創したと伝えられています。

その後、延命山地蔵庵として本堂が建立され、境内には、享保年間(1716~1735)の石造地蔵尊をはじめ、延命地蔵・水子地蔵・子守地蔵など約100体のお地蔵様が祀られていたそうです。

しかし、最上川の氾濫などの河川決壊により被害を受けることが多かったため、現在の地に移り、延命山西蔵寺となったとされています。

1866(慶応2)年4月11日の長延寺を火元とする「谷地の大火」のため、本堂と庫裡が焼失。記録が悉く焼失したため、残念ながらこれ以上の縁起は明らかになっておりません。

1889(明治22)年6月、尾長嶋村(現在の川西町尾長島)の光玉寺住職であった謙阿向善和尚が西蔵寺へ遷移。1891(明治24)年に総代・世話人の方々とともに、酒田の日蓮宗の廃寺となった堂宇を買い取り、今の本堂を建てたとされています。また、当時の庫裡は朝日町の大船木より農家の作業小屋を買い取り改築したものでした。いずれも最上川から船で運搬したと伝えられています。

一向上人を宗祖とする時宗一向派は、1942(昭和17)年、一遍上人を宗祖とする時宗遊行派に入る寺と、浄土宗に入る寺に別れましたが、西蔵寺は同じ町内の長延寺とともに時宗に留まりました。

出典『延命山 西蔵寺誌』 1985(昭和60)年5月5日発行


寺名および山号について

浄土は西方にあり(西方浄土)、阿弥陀佛は西方に住する佛と古来言われてきました。西方を仰ぐ法蔵(佛の教えがたくわえられている)の寺ということで、西蔵寺と称するようになったと思われます。また、延命地蔵尊をご本尊とする延命地蔵庵が西蔵寺のはじまりであることから、延命山という山号になったといわれています。

出典『延命山 西蔵寺誌』 1985(昭和60)年5月5日発行


時宗とは

時宗は、一遍上人を宗祖、真教上人を二祖として両祖の教えを基に、名号「南無阿弥陀仏」を拠りどころにする浄土門の一流です。

出典『時宗宗務所』「時宗とは」

http://www.jishu.or.jp/jishu-shumusho/about-jishu

時宗一向派(一向宗)とは

一向宗とは、鎌倉時代の浄土宗の僧・一向俊聖が創めた仏教宗派。

出典『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』「一向宗」

https://ja.wikipedia.org/wiki/一向宗

近年の西蔵寺史

1889年
(明治22)
06月西蔵寺中興の住職、中谷向善が東置賜郡尾長島村光玉寺より遷移。谷地大火の際に寺が類焼し住居がなかったため、当時の檀家の鈴木庄作氏宅に仮住まいをして本堂庫裡の再建に当たったという。中谷性を鈴木と改める。
1891年
(明治24)
07月本堂を再建し引続き庫裡の改築及び墓地の整備を行った。本堂再建の資材は、庄内の日蓮宗の古寺を解体したもので、酒田より最上川を利用し運搬したと伝えられている。また、庫裡の資材は、元西五百川村大船木の農家を現地で買受け、筏に組み、それに乗り組み、最上川を下したものと語りつがれている。
1918年
(大正07)
10月西蔵寺第44世住職 縁蓮覺誉社謙阿上人向善老和尚 遷化(住職が亡くなること)。
1920年
(大正09)
09月大本山蓮華寺貫首同阿上人㝫応猊下が留錫し、大法要を営み授戒血脈授与を行う。
1922年
(大正11)
03月髙橋伊助氏より鐘楼・梵鐘の寄進を受ける。
1934年
(昭和09)
09月開基600年記念大法要を営み、躍念仏を厳修。屋根の葺替え・畳替え・壁の塗り替えなど、本堂庫裡周辺の整備を行う。
1952年
(昭和27)
07月西蔵寺第45世住職 眞蓮社淨譽光阿上人善明老和尚 遷化(住職が亡くなること)。
1953年
(昭和28)
旧位牌壇に続けて、北へ位牌壇の増築工事を行った。
1957年
(昭和32)
05月時宗総本山遊行寺法主他阿隆宝上人の御親教が行われた。
1962年
(昭和37)
08月時宗総本山遊行寺法主他阿隆宝上人代理秋場正寿僧正を戒師として、授戒会を厳修した。
1963年
(昭和38)
所有者の土地協力によって、境内地東側の田を境内地とした。
1968年
(昭和43)
本堂前に盛り土をし、檀信徒の墓地にあった赤松を移植して庭園を造成した。
1969年
(昭和44)
07月本堂の改修と位牌堂増設工事を行った。
1977年
(昭和52)
11月檀信徒の土地協力によって、境内地西側に墓地の増設と駐車場を新設した。
1980年
(昭和55)
06月1979(昭和54年)7月より、大書院および庫裡の新築工事を着工し、1980(昭和55年)6月落成。
1983年
(昭和58)
04月梵鐘は大東亜戦争のため、1943(昭和18)年に供出し失われていた。鐘楼はそのままであったため、大書院および庫裡の改新築の記念として、梵鐘を新たに鋳造し再設した。
1990年
(平成02)
05月西蔵寺第47世住職 賢阿正法の晋山式を執り行った。引き続き、時宗総本山遊行寺法主他阿一雲上人を戒師として、授戒会を厳修した。
2001年
(平成13)
07月位牌壇の未設置者・檀家の増加等に伴い、位牌壇棟9坪を増築し、位牌壇60戸分を増設した。
2008年
(平成20)
10月境内地北側に、新たに墓地・駐車場用地を取得した。
2012年
(平成24)
11月西蔵寺・長延寺合同で時宗総本山遊行寺へ団体参拝。
2016年
(平成28)
08月西蔵寺第46世住職 黄蓮社調譽智阿上人正昭老和尚 遷化(住職が亡くなること)。
2017年
(平成29)
12月鐘楼屋根および鬼瓦・避雷針・高欄宝珠柱等の修繕および塗装工事を行った。
2019年
(令和01)
10月西蔵寺・長延寺合同で時宗総本山遊行寺へ団体参拝。
2020年
(令和02)
09月檀信徒の永代供養のため、永代供養墓(合葬墓・個別供養墓)を建立した。
2021年
(令和03)
05月檀家総会において、本堂の建て替えを検討するための「建設委員会」の設置を決定した。
2022年
(令和04)
11月臨時檀家総会において、本堂・位牌堂の建替え事業の契約等について了承された。
2023年
(令和05)
02月責任役員会にて、本堂並びに位牌堂の新築に関する計画等について可決され、境内に広告を行った。
2023年
(令和05)
09月本堂並びに位牌堂の上棟式を執り行った。